どうしてもこの目で見てみたい色がありました。
それが、金沢で開催されているルーシー・リー展に展示されている、繊細なピンクの器なのです。
今回は10年ぶりの大規模な展覧会で、作品がこれほど多く揃うことは滅多にありません。
その知らせを目にしたとき、理由もなく心がざわめいたのです。
淡く、少しだけ灰を含んだようなピンク。
それは装飾的でも華やかでもないのに、なぜか胸の奥を揺らす色でした。
この感覚を確かめたいと思い、新幹線に飛び乗ったのです。
金沢の空は10月とは思えないほど暑かったけれど、工芸館へ向かう坂道の石畳も足取りは軽かったです。
緑の多い金沢の街の樹々の葉がこすれる音、空気の中に混じる金属のような匂いさえも、心地よく感じられました。
人の少ない館内に入ると、時間がゆっくりと流れはじめます。
展示室の奥、ガラスの向こうにそのピンクがありました。
思っていたよりも小さく、でも思っていた以上に圧倒的な存在感。
釉薬の薄い層の中に、淡い光が溶け込んでいるようで、まるで呼吸しているかのよう。
フォルムの曲線はやわらかく、それでいて一切の甘さを感じさせない。
近づくほどに、彼女の“意志”のようなものが見えてくるのです。
戦争を経てロンドンへ渡り、長く孤独な時間を過ごしたルーシー・リー。
彼女の作品には、繊細さの中に確かな強さがあります。
華やかさではなく、静けさの中に生まれる美。
それはきっと、私たちが見失いがちな「自分を信じる感覚」なのだと思います。
大半の作品は写真撮影が可能なのも嬉しいポイント。
展示室を出るころには、心の中に興奮と余韻が残っていました。
それは「またどこかへ行きたい」という衝動ではなく、「いまここに在ることの確かさ」を感じるような穏やかさ。
美しさは声をあげない。
けれど、その沈黙の中にこそ、心を動かす何かが潜んでいるのだと思うのです。
展覧会情報
移転開館5周年記念 ルーシー・リー展―東西をつなぐ優美のうつわ―
会期:2025年9月9日─11月24日/会場:国立工芸館(金沢)※本展は2015年以来となる10年ぶりの大回顧展です。




















